心理学

ラポールと身体知、メモ

他人の進みの遅さに苛立つとき、自分の物事を見る目の粗さを教えられている。細かい目が見つめられれば、他の人々が動かないと思っていたものも動き始める。繊細さは他人の頑なさによって育てられる。

“女性が、男性が近づいてくるのを見て、その男性が欲望でいっぱいになっているとしたら、たとえ彼が彼女にとって親しい人であっても、彼女は彼のなかに友人ならぬ敵を見る。彼女にとって彼は、人間にすら見えない。それは地獄からの死者のようだ。” (『セックスから超意識へ』)

助けたい、役に立ちたい、理解したいという自分の中の欲望が、目の前の現実を歪めて見せてくる。

“患者があからさまにか暗黙にかのいずれかの形で私に話す諸体験を、私自身のなかに呼び覚ますことができた分だけ、それらが私自身のなかに現れ、こだましたときだけ、私は患者が何を話しているか知ることができ、患者が本当は何を話しているかを患者に戻してやることができます。”『聴くということ』

どんなやり方もその中に悪意があることがばれた途端に関係性が反転する。短期的な関係性を築くことを頻繁にしている人の言葉遣いにはそういうリスクのあるものが多い。

失敗したとき、悔しさや孤独感、能力の足りなさを誠実に感じ切ると、どうすれば良いかが見える。反対に、惨めな気持ちを味わうのを避けて、どうすれば良いかを考えているとき、うまくいかない状態に自らを縛りつけてしまっている。

相手の話が分かり難いとき、その話の中で相手がどんな気持ちを味わっていたのかを聞くと、話が分かりやすくなる。

本当に考える人、優しい人、誠実な人は質問を受けた瞬間にトランスに入る。宮台さんがまさにそうだった。求められてもいないのに糞みたいなアドバイスをしてくる人が多い中で、求められて、しかも自分の内側を通して内省的に何かを伝えられる人は少ない。

話の方向性を誘導する https://note.mu/lesyeuxx/n/ne899941e277b

「周りが悪い」か、「自分に改善するところがある」か https://note.mu/lesyeuxx/n/nd30aa4239ef6

「こう思われたい」という、自分の言動が意図せず漏らしてしまっている情報を自覚することで、催眠(相手が無意識に漏らした情報を集め、意識されずに情報を与えること)に長けていく。

相手が話し終わったときに上手く質問や返答ができず、自分の考えを相手に伝えて、話の腰を折ってしまい、それによって話が流れずに自分の首が締められてしまう人がいた。相手が使った言葉だけを使って相手に質問や返答をするようにしてもらったら、話がうまく流れ始めた。

誰も助けてくれない思ったときに現実が見え始めた。おどおどとした声かけは、いつか誰かが助けてくれるという期待の表れでしかなかった。たくさん無視されて、誰も自分の得にはならない人を構わないということを知った。

他人に対して「あぁ分かるなぁ」と共感したとき、分かっていないと思った方がいい。相手を見ていないからそんなことを思えるのだ。相手を見ずに自分自身の姿を相手に投影している。共感するのに都合の良いところだけを見て、相手をまるで自分であるかのように扱い始めてしまう。

ドトールのレジの前の席でアイスコーヒーを飲んでいる。レジで支払うとき、人は普段自分が扱われているように店員を扱うものだなと思う。

世の中には優れた会話の受け取り手がいること、自由で躍動感のある会話があるということを知った。浮かんだイメージを相手に好きなように伝えられる、それを受け取ってもらえるかどうかを心配する必要のない会話があった。

アドバイスを求める人に「人に聞かずに自分で考えろ」と言うのは残酷な仕打ちだが、他の人と同じようにアドバイスをするのもまた彼らの学習能力を潰すことになる。

自分は相手を理解していると思い込んだまま、実際には体が硬直していて、自分の考えの中に引きこもってしまっていることがいかに多いか。

嫌なものを見つけたとき、どうすれば良いかなんて考えなくていい。ただじっと、それを味わっていると、自ずとどうすれば良いかが見えてくる。必死に考えることは自らを今のままの状態に閉じ込める。感じているものを丁寧に味わったときに思い浮かぶちょっとしたアイデアが新しい道を開いていく。